アラサー 生き方

ぼっち君に言いたい、友達いなくて何が悪い?

ぼっちアイキャッチ

『幸福度は友達の数じゃなくてそれ以外の要因で構成されている』

以上になります。

はい。冗談でございます。
こんにちはコンです。皆さま、お友達はいらっしゃいますか?
自慢ではありませんが、私は昔から友達は多い方じゃありません。アラサーを迎えた現在では友達と会う機会なんて半年に1回あるかないかです。私の遊び相手はもっぱら旦那です。

別に友達が少ないなんて悲観することはありません。むしろ友達は少なくていいと思っています。でも世の中には、

友達欲しい…

なんて声が溢れています。

今やたくさんの人と繋がることが可能となった現代、友達がいないという悩みが尽きないのはよく考えたら不思議なことです。

私も昔は友達が少ない事に悩んでいました。けれど現在は様々な紆余曲折の考えを経て、自分は友達が少ない方が幸せだと心底思えるようになりました。

かつての私と同じように“友達”という言葉の呪縛に縛られ、悩んでいる“あの頃の君”に少しでも心を軽くするヒントになればいいなと思います。(※友達の作り方などは書いていません。ぼっちの君を肯定するような記事を書いていますので、友達の作り方を知りたい方は他のHPへワープしましょう)

そもそも友達ってなんだろう?

こんなことを書くとキリがありませんが一応定義としては、

勤務、学校あるいは志などを共にしていて、同等の相手として交わっている人。友人。 出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

です。私にとっての友達は

  • 信用してるか
  • 自分にとって嫌なことをワザとしない
  • 自分の内面を話せる
  • 相手が好き(異性としてではなく)

などの条件を複合的に満たしている人でしょうか?志を共にするだけでは当てはまりませんし、一緒にいる時間の長さは関係ないですよね。(会社の同僚や学校の同級生など)
私の学生時代の話ですが、共有する時間が長かったり行動を共にしていても自分にとって苦痛だったらあまり友達という感覚はありませんでした。(表面上の付き合いです…)

友達はたくさんいた方が幸せ?→全く思いません。

アラサーが思うこと

小学校の頃にこんな歌を歌いました。

「いっちねんせ〜になった〜ら♪いっちねんせ〜になった〜ら♪とっもだち100人でっきるかな♪♪」

すいません。子供ながらに嫌いな歌でした。今なら冷静に突っ込めます。
友達100人もいたら、君は人間関係の泥沼に引き込まれて疲れ果ててしまうだろうよ…。

友達たくさん

私は小さな頃からヒネくれた子供だったかもしれません(笑)卒業式やお遊戯会で言わされる
(代表)『楽しかった〇〇』
(一同)『〇〇〜』

なんてのは95%の確率で口パクでした。「楽しくなかったのに、なんで楽しかったって言わなきゃならないの?」って内心思ってたからです。

そして、この友達100人歌。これは学校では歌わせない方がいいと個人的には思っています。なんでかというと、友達いない→悪・劣等感。とうい感情が幼心に刷り込まれるからです。少なくとも友達が少ないことを自覚していた私は、成長してからもこの考えに結構足を引っ張られていました。

友達がいないことは恥ずかしいことでも、劣等感を抱くようなことでもないのにね?

“友達がいる=普通”

っていう当たり前に構成されていた価値観が知らず知らずのうちに自分の心を締め付けていたように今なら思えます。

現に今、
人間関係においては友達めっちゃ少なくても楽しいし幸せです。

友達いなくてもいいと思えたワケ

人間関係は「広く浅く」より「狭く深く」派。

最初に補足しておきますが、私は全く友達がいないワケではありません。(少ないですが)しかし、仮に友達が全くいなくても昔ほど悲観的に考えることはないと思います。それは歳を重ねる中で、自分なりの考え方が構築されたからだと思います。

集団行動が苦手

例えば私に友達が大勢できたとします。サークルの飲み会、夏休みのバーベキュー…。
私にとっては苦痛すぎます。なぜかというと集団生活が全くもって大の苦手だからです。人見知りの上にコミニュケーション下手。気疲れで楽しむ余裕があるでしょうか?私にとって集団で行動するというのは必ずしも楽しいことではないのです。

だったら、カラオケ行って→ショッピングして→一人焼肉行って。のが断然楽しめます。

確かにサークルでバーベキューとか、見た目的には憧れます。ただ自分がその状況で楽しめる人間かというと、全くもって人種が違うという結論に至りました。身の丈にあった楽しみ方があるのです。

連絡をとるのがめんどくさい

私は極度のめんどくさがりだと思います。興味があることには時間を割くくせに、あまり興味がないことには時間を使いたくないと思うタイプです。

遊ぶ時には、日程合わせて→時間や場所決めて→都合が合わない人出てきて→日程調節して〜。みたいなことがめちゃくちゃ苦手です。単純にめんどくさいんです。ちなみにLINEの返信も激遅です。何か作業をしていると、継続しているテンションを邪魔されたくないんです。そしてあとで返信しようと心に誓い…忘れます。(←サイテーな奴)

友達が欲しいと思うなら、思うだけじゃなくそんな行動も改めなくてはなりませんよね。私には無理です。自分のやりたいことに時間を割きたいので…。なので友達はたま〜に会うくらいがちょうどええ…。。。

人生に幸福を感じる時間が違う

友達といる時間は楽しいです。たまの息抜きにもなります。

しかし、私が本当に幸せや充実感を感じるのはブログを書き上げた時や、作品を創作している時間です。自分にとって本当に必要な時間も多分こっちです。

毎週末に友達と遊ぶような生活をしていたらきっと「人生このままでいいのかな?」みたいな不安感にかられることでしょう。それよりだったら、今後自分の人生の役に立つスキルを身につけたり、勉強したり…といった時間に使いたいです。

もちろん友達と遊ぶのが楽しくて大好き!な人はそれでいいのです。十人十色。考え方が違うので友達といる意味や時間に対しても感じ方が違うのは当たり前のことです。

友達が欲しいという方は“自分はどんな時間に幸福を感じるのか?”を一度考えてみてはいかがでしょうか?ただ友達がいることを良しとする自分自身の価値観に縛られていませんか?(^^)

無理に友達を作るという意識が逆に自分を不幸にする

はい、これ、これはかつての自分。

やめましょう、そんな考えは!劣等感や自己嫌悪を悪化させるだけです。そんなもんで自分は幸せになりません。

まず無意味にフェイスブックとかはあんま見ないほうがいいと思う。他人の幸せを見たって素直に幸せを感じられないのが人間だもの。

ではどうしたらいいのか?
私の個人的な意見としては、他にエネルギーを傾けてみてはいかがでしょうか?

友達がいない=幸せを感じられない
ならば、その幸せを別の要素で満たしたら良いのです。

自分が夢中になれることに注力する

趣味に夢中になったり、何か目標を立ててそれに向かって努力したり。ありきたりですがそれが大事。

目標を目指す過程で成果を感じたり、結果が出た時の喜びは半端ない充実感じゃないですか?脳と体が明るさで満たされている感じ。(…え?伝わらない?)
友達と楽しく遊んで満たされる部分もあるけど、それじゃ満たされない部分もたくさんあります。そちらに注力するのです。

他には、釣りをしたり、骨董市にいったり、ラーメン巡りをしてみたり。
趣味がない!なんて人も身近なことに楽しさを見出して趣味を開拓してみてはいかがでしょうか?休日に一人骨董市とか私がやってみたいわッ!!家の中でゴロゴロ無意味にスマホなんかいじってるからむなしくなっちゃうのよ。楽しいこと探しましましょ!

外にコミュニティを広げてみる

SNSで気の合う人と交流したり、ゲームだったらオンラインで世界の方々とマルチプレイが可能です。ある意味全世界の方々と繋がれる時代なのだから、目の前の人間関係にとらわれるのではなく外のコミュニティを広げてみてはいかがでしょうか?(^-^)SNSだったら興味がある分野でのコミュニティも見つけやすいですよね。

私の場合もブログを書いている人が身近にはいないのでブログの話題を話せる人がいないのは寂しいですが、ツイッターで同じようにブログを運営を頑張っている方々を見ては自分も頑張ろうと思います。たまのコメントのやりとりも楽しいですし。

案外、目の前の人間関係が築けなくても他の場所で人と繋がっていたら意外に心が満たされる…と私は経験上思っています。

自分をあまり嫌わない

友達が多い人と少ない自分を比べると、どうしても劣等感を感じますよね。「なんで自分は人付き合いが下手なんだ」とか「自分はぼっちだ」とか…。

そんなこと考えたって自分の気が落ち込むだけです。
友達が多い人は多い人なりの、少ない人には少ない人なりの。大なり小なり悩みは持っているはずです。

友達がたくさんいることが100%いいことではないし、友達がいないことが100%悪いわけではないのです。友達少なくったって、いなくたっていいじゃありませんか。誰が悪いことだって決めたの?自分でしょ?

そんなに友達いない自分を否定しなくてもいいんじゃないかな。

大切な人がいればいいんでない?

“友達”という存在にこだわらなくても、お父さん、お母さん、兄弟、旦那、嫁。自分を理解してくれる人がいればいいんでない?

私はこれに結構当てはまる。旦那が良き理解者で、遊び相手という感じです。ちなみに旦那は一人も友達がいない。一緒にいて10年近くなるが“友達と遊ぶ”姿を見たことがない。LINEも電話番号にも“友達”は掲載されていない。友達いない夫婦(笑

でも“不幸せ”なではない。つまりそれは「自分を理解してくれる人がいればいい」ってことを体現してるんじゃないかな?

まとめ

ってことで、まとめると…

『幸福度は友達の数じゃなくてそれ以外の要因で構成されている』

以上になります!

え?急すぎますか?
でもこれ、個人的には意外に確信をついていると思うんですが…。だってそうじゃなかったら友達がめっちゃ少ない現在の私は“不幸”ってことになりますもん。でも全然そんなことありません。
「友達」「いない」「作り方」とか、一生懸命検索してたあの頃の自分に言ってあげたい。「別いなくてもいいんじゃね?」と。それより自分のやりたいこと、楽しいことに一生懸命なれと。

以上になります。ご静聴ありがとうございました!